犬々の日々

犬を犬と思うな!

2024年3月

3月の全て。

ここに来て日常をどこまで詳細に書くか難しくなってきた。策略や見栄や発展途上の人間関係が難しい。でも作家は娼婦だし、作家的でありたいとも思っているので、良い塩梅を探さないといけない。

 

塩梅といえば、目隠しで眠るようになってから早一ヶ月が経ち、目隠しなしでは眠れなくなった。目隠しと言ってもアイマスクのような、穏やかな睡眠を演出するものではなくて、マグリットの「恋人たち」のような、布で全顔を覆うと表現するのが正しい。なかなかの遮断感がクセになる。一方で、離脱して自分を眺めるとき、なかなかの縁起の悪さが気にかかる。

 

極力、3月の全て。

さて。

 

 

3/2 午前中はピアノ、午後は人と会う。3月で一番楽しい日がこんなに早く来てしまってどうしようかと思った。

 

3/4 大学の友達。横浜。紅茶を飲んで、金港ジャンクションを見るのに付き合ってもらう。あんまり気を許しているので自分の趣味とか機嫌とかをぶつけすぎてしまう。文章が読みやすいと言われたのも、友達に失礼を働いたのも、全部が要因となって落ち込んで帰った。紅茶と金港ジャンクションは素晴らしかった。

 

3/6 犬の散歩中、前からノーリードの子犬が一匹、勢いよく走ってきた。子犬がうちの犬に興味を引かれて立ち止まったので、その隙に捕まえる。少し後に泣きそうな飼い主が走ってきて引き渡し。あと数秒多く子犬が走っていたら、交通量の多い車道が彼女を出迎えていた。こういうことは苛立つ。

 

3/7 母と豆花を食べて買い物。神田から新宿。5日前にもらった花がだんだんと萎れてきてしまったけど、強い赤が深い赤になったという感じでこれはこれで美しい。

 

3/8 楽譜を買いに経堂。改札を出ようとしたところで中高の同級生とばったり。遠くから名前を呼んでもらえたのが本当に嬉しかった。ピラティスを終えて出社するところだと言うのであまり時間がなく、今度ご飯に行こうと言い合って別れる。その後で彼女のラインを開いたら、5年前に成人式の写真を送りあって、今度ご飯に行こうと会話したのが最後だった。新しい楽譜も手に入れて良い気分で一日を終えた。

 

3/9 朝から憤怒の相をした犬に叩き起こされる。両親が富山旅行で早朝に出発してしまったためである。午前中はピアノ。先週より音が出ていると言われて嬉しい。親の居ぬ間に家中を掃除する。

 

3/10 友達、と呼びたいが、まだ失礼かもしれない。会社の先輩と表参道。流行っているお店や食べ物を色々教えてもらって始終尊敬の眼差しを向けていた。情報源はほとんどがテレビらしい。テレビ! テレビは、受け取り手のおおらかさ次第でこんなにも有用な、朗らかなものになるらしい。私がいない間に会社で何が起こっていたかも色々教えてもらう。どうしようもない事件ばかりで呆れてしまうがこの人がいるうちは勤められるかも、と思う。夜になって両親が富山から帰宅。

 

3/11 死人とヨックモックを食べようという算段。町田にある墓地には大抵の人が花を持ってやってくるが、あるときから花はやめにした。色々理由はあるが飽きたというのが一番大きい。やっぱりこういうときは『父が消えた』だろうかと小田急線で数ページ読んで、もう一度、やっぱり他人の創作に頼るべきではないと考え直して閉じた。直前に故人のお母さんからSMSが来て驚いた。出来すぎている。石の前でヨックモックを食べながら、色々話を聞いてもらって…いるのかはわからないが、まあ可能な限りの交信の努力をして、帰り道で「河津桜が満開でした🌸」とSMSを返す。

夕方、異動先が決まったと人事から連絡があった。どうしても耐えきれず人に電話してもらう。大人になってから寂しいという話で盛り上がる。心躍る夜。

 

3/12 嫌々病院に行く。また来てねと言われたけど二度と行かない。夜は友達4人と新宿。1人は前からの友達で、後の3人は新しい友達。こういうのは嬉しい。友達が一堂に会する場面の楽しさと言ったらない。同じ学部の人たちの言うことは似通っていて懐かしい。解散が寂しかったのでみんなに無茶を言って終電を逃してもらう。人前で寝るのは幸せ。

 

3/13 気にかけてくれている他部署の部長とご飯。新宿。仕事中以外で話すのはこれが初めて。私が誘った席だけど何を話せば良いかわからないので、ずっと部長について気になっていたことを色々聞いてみた。どうして他部署まで世話役を買って出ているのかとか今までの仕事遍歴とか、趣味とか。全部初めて聞く話なのにも関わらず、部長の仕事のやり方から連想しうる人物像の輪郭がみるみる象られていって妙な納得感があった。「趣味人として生きていくならまず骨董を買え」と言われたのも面白かった。「骨董をわかるまではもう少しかかりそうですが、最近欲しい絵があって、それが50万円するので悩んでいます」と答えたら「どんどん買え」とも言われた。

 

3/14 仲良くしていた近所の故犬の飼い主と道でばったり。もずく君という黒い雑種犬で、私が小学生から大学生に成長する間、ずっと良くしてもらっていた。飼い主の夫婦にも大変良くしてもらっていた。「最後にお会いしたのはもずく君の命日からちょうど一週間のときだったから2018年の8月10日でしたね」と言ったら合っていたらしく驚かれた。あの日はもずく君の訃報を私に伝えようとした飼い主が道端で泣き出してしまい、結局2人で泣いて慰め合った。そういう日は忘れようとするほうが難しい。近所の人というのは道でばったり会うくらいしか方法がない。老夫婦にとって犬の死は大きな喪失で、数年間はほとんど外に出られなかったらしい。お互いに近況を少し話して、綺麗に育ったとか立派な職業に就いたとか一連の大袈裟な褒め言葉を浴びて、ありがたく受け取って別れた。

 

3/15 8日に鉢合わせた友達と経堂でお昼を食べる。「今度ご飯行こうね」の口約束から5年、ついに実現されて感慨深い。中学の在学中からもっと彼女の話を聞いておけば良かったなと後悔したり、でもこれから仲良くできれば良いなと思ったり。古い友達といると自分がチューニングされる感じがする。

 

3/16 元彼と丹沢。まだ桜とまでいかないくらいの花々が綺麗で、豆腐懐石も美味しい。お互いにどういうつもりなのかわからない。自分自身が何を考えているのかも、向こうが何を考えているのかも、わからない。おそらくわかっていないのは私だけだ。他人にここまで割り切れなさを感じるのは初めてで、対処できるような頭も文才も無い。不機嫌の理由すらわからない。花粉が辛いのか、朝の集合がきつかったのか、この後の仕事のことを考えているのか、私のやることが気に入らないのか、あるいは彼の背後に常に見え隠れする母親によるものなのか。そもそも不機嫌に見えただけで不機嫌ですらなかったのかもしれない。どうして私はこんなに何もわからない馬鹿なのか、その割にどうしてこんなに気を遣っているのか、要請される型通りに変われないのか、もちろん悩ましさと同数の楽しさもあって、その揺れあいの中でみるみる自尊心が削られていく。何の恨みがあるというのだろう? いつ恨みを買うようなことをしてしまったのだろう?

 

3/17 ツイッターのスペースに久しぶりの友達が入ってきてくれた。とても嬉しい。明け方まで6時間話し込んだ。おっとり話す友達に癒される。

 

3/18 何に代えても眠りたい日で、日差しに罪悪感を感じながらも出発のギリギリまで眠る。気がついたら腕の中に犬がいて、起きるのがさらに遠ざかる。夕方16時に出社して、異動先の部署と顔合わせ。神保町は狭いので、なるべく下を向いて歩く。

 

3/19 犬の爪切りに病院へ。病院に行くよと犬に言うと毎回家からダッシュで向かう。道も知っているし早く行きたくてたまらないといった風だ。私と違って病院を好きらしい。

 

3/20 辞める先輩と原宿クリスティー。紅茶好きに付き合ってもらう。前からやりたかった職に就くとのこと。おめでたい半面、楽しそうに仕事をする人だったのでその姿を見られなくなるのは少し寂しい。でもこれで、晴れてお互いに何のしがらみもなくなり、初めてプライベートの話とかできて嬉しかった。また徹夜。

 

3/21 友達と幡ヶ谷。スタイリッシュで、場を読める人で、学ぶところが多い。在籍している業界的に激務友達が多い。良い刺激。そうなっていきたい。有名店の餃子もとても美味しかった。

 

3/23 ピアノ。4年のブランクが中々重い。昔やっていたときより音が汚くてもどかしい。でも楽しい。今のところ一番解放される瞬間だ。午後は親友と渋谷。塩胡椒のミルを回すためだけの電動工具が置いてあってはしゃいだ。ミルなんて手で回せるのに非対称性が愉快だ。喋ってはしゃいでお腹が空いて夜ごはんも沢山食べた。

 

3/24 群響とジャン・チャクムル氏を聴きに赤坂、サントリーホール。1人で行くのは初めてで、お上りさんのようにスタッフに誘導されてしまった。チャクムル氏のピアノはカラッとした異国感と無邪気さが惹きつける(前にも書いたような気がするがこれ以外の形容が思いつかない)。クラシックなのに即興の部分もあり、モーツァルトの当時の演奏もこんな感じだったのかなと思ったり。オーケストラの後ろのほうで撫でられながら音を出すコントラバスを見て、コントラバスが女性名詞だったらいいなと思った。*1

その足で新宿三丁目。友達3人と会う。ゴールデン街にも初めて行って、赤坂も新宿も内包している東京に改めて関心した。

 

3/26 佐川恭一の新刊を買いに行く予定だったが、雨でやめた。一方で元気な犬はどうしても散歩に行くと言うので出たら街中を走らされた。雨でびしょびしょになった犬をストーブに当てたりバスタオルにくるんだり必死に乾かしているこちらの気持ちとは裏腹に、犬は満面の笑みで気が緩む。

 

3/27 急遽行けることになった横浜のライブ。キラキラで透明な最高の音楽。まだ適度な緊張感がありつつ、気を許しつつもあり、知らない音楽家を教えてもらった嬉しさに賭けてみる。

 

3/29 東京を出るはずだったが、事情により中止。コルティに佐川恭一の新刊を買いに行った。

 

3/31 小学校卒業以来の友達。新宿。2024年から2011年は遠い。友達のお気に入りのキャラクターはシナモンだったこととか、文通のときにいつも飴を同封してくれたこととか、2人とも両親の躾が厳しいことによく文句を言い合ってたこととか、色々思い出す。それでも過去の話はほとんどしないで、もし誰かが会話を聞いていたら頻繁に会っている友人たちに見えただろう。ただし暑さにやられてしまって途中から倒れそうだった。解散までは気を張って無事遂行し、小田急線の改札内に入ってもうダメだ、となった。どうやって帰ってきたか曖昧だけど、夜になって日が沈んだら回復した。

 

 

以上。「和田誠 映画の仕事」展に行こう行こうと思いながら結局間に合わなかった。

 

電話がとにかく好きで毎晩誰かと電話したいなと考えてしまう。でも電話好きの友達は少なくて気軽にかけられず、毎晩煩悶している。前なら耐えきれず誰かにかけていたが、大人でありたいので折衷案として毎晩スペースをすることにした。誰かが入ってくれれば嬉しいし、誰も入ってこなくてもそれはそれで楽しい。

適当な本を見つけてきて犬に朗読している。犬は私の朗読をある程度じっと聞いてくれ、たまに何か発言し、眠くなったら寝ている。読み聞かせに近い。つくづく犬は、というかうちの犬は、何でも習慣化しようとするし一度得た権利は決して手放そうとしないもので、3日目あたりから、私が本を選ぶのを当たり前のように待機するようになった。犬をテレパス扱いする人間と同じくらい、犬だからと馬鹿にする人間のことが嫌いなので、どちらかが飽きるまで続けるだろう。

 

朗読に選ぶのは喉と時間のことを考えて短編が多い。犬が相手だと好きな本が読めて良い。

読んだのは、

村上春樹『午後の最後の芝生』

尾辻克彦『父が消えた』

・『現代の随想29 湯川秀樹集』より、「甘さと辛さ」「シュレーディンガーの猫」

有島武郎『一ふさのぶどう』

筒井康隆『川のほとり』

ライアル・ワトソン『ロミオ・エラー』

谷崎潤一郎『秘密』

星新一『不吉な地点』

小川未明『眠い町』

串田孫一『博物誌』より、「夏蜜柑」「沈丁花」「えぞすみれ」「まがも」「薔薇」「クリスマス・ローズ」

サマセット・モーム『良心の問題』

レフ・トルストイ『人にはどれほどの土地がいるか』

・ヘンリー・ペトロスキー『橋はなぜ落ちたのか』

・徳川夢聲『トム公の居候』

・佐川恭一『ア・リーン・アンド・イーヴル・モブ・オブ・ムーンカラードの大会』

・織本篤資『犬をつれて旅に出よう』

・ケン・リュウ『夏の読書』

・チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『なにかが首のまわりに』より、「明日は遠すぎて」

その他自作短編。

 

 

音楽

 

・陽水『UNITED COVER2』全曲良い。良い感じに抜けた大人の陰。大人が何たるかは陽水がいつも教えてくれている気がする。

 

吉田拓郎「リンゴ」上記で陽水がカバーしていたので聴いてみた。吉田拓郎をかっこいいと思ったのが初めてだったので驚いた。

 

Jane Birkin「Canary Canary」陽水のカナリアのリメイクで、陽水とジェーン・バーキンのデュエット。フランス語っぽく歌う陽水も儚げなジェーン・バーキンも良い。

 

沢田研二『彼は眠れない』ジュリーは歌謡曲よりもロック色が強いときのほうが好みなのでグラムでデカダンなこのアルバムはかなり好みに合っている。歌唱力も改めてもちろん素晴らしい。アルバムジャケットもおしゃれ。楽曲提供を見ていると錚々たるメンバーが並んでいてびっくり。

 

・森進一「冬のリヴィエラ」哀しければ哀しいほど黙り込むもんだね。

 

REBECCA『Maybe Tomorrow』レベッカをほとんど知らなかったのでこんなに広がりのあるバンドなのかと思った。失礼だ。NOKKOは歌が上手いのか下手なのかよくわからない。上手いと思い込んでいたい。危うさというか、声そのものの生き急いでいる感じが魔女的な魅力であり、怖い。

 

Led Zeppelin『Physical Graffiti』もちろんかっこいい。去年仕事でお世話になった大学教授の人に教えてもらったアルバム。以来たまに思い出して聴く。

 

・発表会の曲決めでピアノ曲をそれはもう大量に聞いた。作曲家・曲・ピアニスト、もっと言えば使っているピアノ、会場等々で音の種類が無限にあり、素晴らしいと思った音源はあったが、それがどの音源だったのか、何が何だかわからなくなってきた。音楽のオリジナルとはどの要素に内在するのかという議論が巻き起こるのも当然だ。

 

Aerosmith『Permanent Vacation』元気が出る。

 

Aerosmith『Get A Crip』今のところエアロスミスで一番好きなアルバム。とは言っても熱心なファンではないのでこのチョイスがファンに逆鱗に触れたらどうしようという怯えもある。(例えばレディオヘッドだとベンズとパブロハニーが好きなのだがこれは良いレディオヘッド聴きではないなという自覚があるみたいなこと)

 

ドレスコーズ「公民」2017年新木場のライブ。アルバムとしてはほぼ『平凡』。ライブ映像ありのほうが凄みがある。志磨遼平のかっこよさに、手も止まれば呼吸も止まる。

 

・Kim Gordon『The Collective』ゴールデン街のお店でかかっていたアルバム。良かったので次の日もその次の日も聴いた。硬質。

 

・Kim Gordon『No Home Record』他のアルバムも聴きたくなったので。見え隠れする不気味さがハマる。調べていてやっとソニックユースのボーカルだと知って、「なんだソニックユースか!」のくだりも1人でやった。

 

・CRCK/LCKS。ラッキーでたまたまライブに行けることになり、アーティスト自体知らなかったので、これは大変だとサブスクにあったものは全て聴いた。上質。好きな曲沢山。関連で近藤譲も何曲か。

 

・10cc『Deceptive Bends』古き良き。キリンジでお馴染みのアルバム。最後の曲「Feel The Benefit」は余裕で泣いてしまう。

 

・Brand X『Unorthodox Behaviour』たまにはジャズでも聴くか~というテンションで家の棚をあさっていたらアルバムジャケットと目が合ったので。ジャズってどうして全部おしゃれなんだろうね?

 

 

 

・ライオネル・トリリング “Manners, Morals, and the Novel”。先月末に友達から勧められたので、JSTORのアカウントを作って、英語だなぁ…と思いながら読む。村上春樹あたりが訳してないかと探したが見つからなかった。こういうときにサラッと読めるような努力はしてこなかった。ライオネル・トリリングが行ったスピーチを書き起こしたもので、社会的規範とかスノビズムの話と、それがアメリカ小説の中でどのように表現されてきたか、ひいては良い小説とは何かとかそういう話をしているみたいだ。ふわっとしか記述できないのが、内容理解が全然追いついていないことを物語る。

 

ちなみに、あまりに時間をかけてしまったのが悔しかったので一瞬英語をやり直すことを考えたが、一つを学び直している暇など全然ないと思い直した。多くのものの表面を撫でて、頼り方の方法論だけ覚えて帰ってくるほうが性に合っているのは明白だ。

 

・佐川恭一『就活闘争 20XX』。半分まで。活字には無駄に体力を使ってしまうほうなので、それにしては早めに読み進んでいる。思ったより人が死ぬ。登場人物たちのポップな死に方に反して、根底には純文学的性格が離れられずにそこにおり、佐川恭一の肉にそのまま刃を立てたような血の味がする。競争社会を戯画的に書いて煽ってくるような別の小説(名指しのほうが良いだろうか?)と一線を画しているのはこの点においてだろう。そろそろ佐川恭一には、ずっしりと重い作品、ある人にとっては宗教となるような作品を書いてほしいと思ってしまうが、作家の目はどちらを向いているのだろう?

 

 

映画

 

・「ベルリン、天使の詩*2良い映画。元気が出る。珍しく飽きなかった。猫も杓子もパウルクレーが好き。

 

・「マイ・フレンド・フォーエバー」*3映画はこのくらいの穏やかで小さな作品が一番好きかもしれない。大病を患った少年と淋しかった少年が親友になって冒険をして途中で容態が急変する。子供たちの不安定さと輝きにクラクラしてくる。「ボヘミアン・ラプソディ」のジョンディーコン役の人と、「依頼人」の主人公の人が2人で主演をやっている。

 

・「太陽を盗んだ男*4王道の名作という感じではなくて、むしろカルト映画の枠にずっといて欲しいタイプの名作。大した野望のない人物の犯罪はこんなにも空虚で退廃的なのかと切ない。沢田研二菅原文太とはまた違うタイプの硬派俳優なのだろうと思わせる演技の数々。筋とはあまり関係ない沢田研二のセリフ「バカほど高いところに登りたがる」がグッときた。構図がおしゃれなシーンが多い。首都高カーチェイスも見られる。ただし意外とスピードが遅い。それから猫の可哀想なシーンがあるので、猫好きは注意して見ること。

 

 

来月への展望

 

「誕生日おめでとう」を連絡できるくらいの友達のうち3月が誕生日の友達が4人いて、彼らの誕生日の幸福を少しでも邪魔しないように、彼らの誕生日が私の命日になってはいけないということで、こまめな延命作用が生じた。日付の醍醐味はそこにある。やっぱり潤一郎の誕生日に芥川が死んでしまったことが尾を引いている。

 

いい加減飽きてきたし早く仕事はしたい。

松濤美術館エミール・ガレ展が始まる。

例えば一週間に一度、無理をしてでも短編を完成させ、

私が懐いている人に読んでもらうとかそういった甘えもやりたい。

 

それからまだ仲良くなりたい人になんと連絡を入れるか、目下考えあぐねているので、

参謀になってくれる人は今すぐに連絡をくれるように。

 

満開の桜に煽られて気が触れてみるというのも面白いかもしれない。

こうも暑いとどうも残虐な気持ちになって良くない。

 

仕事はどうなっていくだろうか。正直何も予想できない。一度壁ができた集団に戻っていくのは怖い。でも離人感を良い具合に利用して、つまり他人の人生だから何をしても良いというようなポジティブに変換して、結局「あいつはダメだ」と言われるまでには相当なことがあるのだから、痩せていた人が次の日急に大きな幅になることはないのと同じように、途中で気がつく方法はいくらでもあるだろうし、と強制的に思うようにして、それから遠い過去の憂いが今はほとんど問題でなくなっている事実を頼みに、手に負えないほど遠いことは文字通り手に負えないのだから掌握しようとすることを止めるようにして、自分の名前に多くを背負わせすぎず、自分の名前が常にギリギリでいる必要があるという思いを、持っていても良いこともあるが、征服されすぎないようにし、中庸の美しさを書いている自分の日記もあるくらいだし、せっかく罰は正しく判断されるべきだと思っているのだから罰を下すまでに時間をかけること、気をつけるべきとわかっている様々のことは、よく優先順位を下げてしまうので、意識的に思い出すようにして、など。

*1:一応、フランス語が女性名詞だった。ドイツ語・イタリア語・スペイン語では男性名詞、ギリシア語では中性名詞だった。その他も色々あるだろう。蛇足。

*2:1987年。壁がある時代のベルリン。天使のダミエルは日々人間たちの心の声に耳を傾け、苦悩に寄り添っていた。そんな中、サーカス団の空中ブランコで舞う女性マリオンに強く惹かれていく。 ダミエルはマリオンと出会うため、人間になることを決意する。

*3:1995年。友人のいないエリックの隣に引っ越してきた少年デクスターはHIV感染者だった。始めこそ戸惑っていたエリックだったが、やがて2人の間には友情が芽生えていく。ある日、ニューオーリンズの医師がエイズの治療法を発見したという記事がゴシップ誌に載る。エリックとデクスターは2人きりでニューオーリンズへの旅に出ることを決意する。

*4:1979年。無気力な理科教師、城戸誠は引率した社会科見学の帰りにバスジャックに合う。天皇陛下に会わせろと迫る犯人や、傷を追いながらも事件解決に向けて動く山下警部の姿にひたすら圧倒されてしまう。それ以降城戸は犯罪に向けて動き出す。自宅で原爆を作ることに成功し、原爆を脅しの種にして国家相手に次々と要求を突きつける。犯罪をすることが目的だったので次なる要求が思いつかなくなった城戸は、ラジオ番組に電話をかけ、国家への要求の案を募る。